日々の日韓ミックス家ご飯を中心にアップ♪  たまに愚痴っています。


by 2010neko
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史上最悪だった姑80歳のお誕生日会(えげつない編)

宴会&流血編からの続き。


午前11時にペンションを出る前、また小腹がすいた(成人した)姪達他が食べ散らかした。

その食器類を私が洗っていると、長兄嫁からお皿を何で洗っているんだ?洗わなくてもいいのに!といわれた。

私は頭が???

その前に、お前の娘達の教育をどうにかしろ!といいたい。←長姉も同意見

それに普通、ペンションでは食器を洗って、ゴミ出しまでして出るはず。

最後までため息。

その後、嫁達が集められ、長兄嫁から「ペンションの主人に会って聞かれたら、自分達は夜中に近くの親戚の家に泊まりに行ったというように!」といわれた。

このペンションは基本料金プラス人数分の計算だったので、少しでも安くしようと長兄嫁が考えたのだろうが、夜中にあんなに騒いでおいて、ふてぶてしいにも程がある。

結局、長兄嫁の申請通りの宿泊代になったので、私達は何も聞かれることはなかった。


ペンションを出てから、お誕生日につきもののミヨックッ(ワカメス-プ)を食べに、みんなで車で20分くらいのところにあるお店で早めの昼食。

その後、カフェへ。

ここで姑とも一応、解散になるはずだった。

姑は(約束はしていなかったらしいが)弟宅について行く予定にしていた。

そして、弟嫁も姑が自分の家に来るだろうということはある程度わかっていた。

それなのに、お茶の途中で、弟家族は駐車している車を移動するよう連絡を受けたのと同時に、「お先に~」と帰ってしまった。

えっ?姑は?←こういう仕打ちが普通にできることが不思議で仕方が無い

そして、私がこの後、ナンピョンに猛烈に切れたのはいうまでもない。


いよいよカフェでみんな解散という時に、長兄嫁が今回の会計の発表。

5家族で集めたのは150万ウォン。

しかし、残ったのは14万ウォン。

どう考えても、残りが20万ウォンくらい少ない。

この残りは姑にあげようということになっていた。←これ以外に姑には各家庭でお誕生日祝いに現金を渡している

多分、長兄嫁が自分の娘達にいろいろ調達させたものに多めのお金を渡している様子。

そして、後からわかったのは、夜中に出前をした食べ物代。

これは姑がみんなに食べさせてあげて!と長兄嫁に10万ウォンを別に渡していたのに、長兄嫁は出前代をみんなの会費から払い、姑からのお金をネコババしていた。←会計の一部を担っていた長姉の娘が長兄家族と別れた後、告白

本当にえげつない人やで~。(笑)


カフェ解散後、やっと帰れると思っていたのに、二日酔いのナンピョンは長時間運転できないということで、次兄夫婦も含めて、ペンション近くの長姉宅で夕方まで休むことに・・・。

ナンピョンに爆発しそうだったが、長姉宅でヘルニアで痛い私を唯一気遣ってくれた長姉&娘が、湯たんぽを作ってくれたり、抱き枕で楽な体勢で休めるようにしてくれ、ちょっと一眠りできた。←小さな心遣いがめちゃめちゃありがたく感じる

そして、最後に長姉が準備してくれた美味しい夕食を食べ、夕方5時半に岐路へ。

もちろん、姑も同伴。←先に姑は次兄宅に行く予定だったが、次兄の車が窮屈ということで、我が家の車へ

そして、高速最後のICで姑は次兄の車で帰っていった。

姑がいなくなった車では、腹が立つのと、痛すぎて、また大泣き&絶叫。←Q2は寝ていた

今回は本当に史上最悪なお誕生日会だった。


前にも書いたが、この3日後に姑は我が家に来たので、本当のお誕生の日のお誕生日膳を私が準備した。

が、それに関してナンピョンから何の一言もなかった。

なので、ナンピョンに後日、あんたはこの時のことをどう考えているのか?と聞いた。

いくら自分の嫁であるとはいえ、病気の私にここまで苦労させるのはおかしい。

すると、ナンピョンはありがたいと思っていたけど、いえなかったと・・・。

その後、田舎に帰った姑(ナンピョンがまた5時間くらいかけて送って行った)のことをあれこれ話していると、ナンピョンから信じられない返答が返ってきた。

うちにもっと泊まりたかった姑。←2泊3日いたし、次兄宅に居るときも会っていた

でも、私の体調が悪かったので仕方なく、「オグラダ(悔しいとか、恨めしいという意味)」と言いながら帰ったらしい。

どっちがオグラダ~や~!!!


ここ最近、自分について心底思うことがある。

日本の実家では、私は小学校低学年の頃から数年間、実家近く(子供の足で10分くらい)の祖父母宅に母親が作った夕食のおかずを運んでいた。

雨の日も風の日も妹達と交代で行っていた。←お小遣いがもらえたから頑張れた(時には姉妹同士買収)

そして、中学~成人になるまで運動一筋の生活を送っていた。

その後、世の中の役に立ち、一生食べていける職業として看護師になった。

なので、お年寄りを大切にするとか、上下関係(目上の者には従う)とか、その場に応じて(自分は二の次で誰かのために)ベストを尽くすとか、それが自分の思考と体に染み付いている。

だから、ナンピョン家族の中で、やりたくないことがあっても、やらない苦痛とやる苦痛の選択でせめぎ合い。

結果、自分が小さいときから染み付いていることをやらないという苦痛に耐えられず、今度はやった苦痛でさらに苦しむという悪循環。

こんな風に育ってしまったことを悔いる。

この呪縛から解き放たれたい。

道徳的な日本で育ってしまった上に、環境により古風な考えをもってしまったので、真の悪人になれない私。

でも、やはり世界標準の日本は素晴らしい国だと思う!
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by 2010neko | 2017-02-09 18:10 | お出かけ | Comments(0)